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【6】生活の調和があってこその歌

――さっきの話にちょっと戻るけど、ファースト再発の後、いろいろメジャーからも話がきたのに、それらを全部断った理由はどういうことだったんですか。
 「一番たくさん来たのはライヴの依頼なんですよ。よくは知らないけど、多分、メジャーのレーベルさんは作ったらやっぱ売らなきゃいけないというのが一番だと思うし、あと、毎年1枚作ってくださいとか言われても、私はそれこそ4年に1枚ぐらいしか…なんか指図されて作るとか駄目なんですよ。こういう路線が流行っているからこういう路線で書いてとか」

――実際、そういう話があったわけですか。
 「ううん、ないよ。多分、そうかなっていう(笑)。そういうんじゃないところもあるのかもしれないけど、ただその、メジャーじゃなくても別に今やっていければいいし。田口さんとも友達だし、別にいいんじゃないかなって。とにかく、契約で売れるものを作らなきゃいけないプレッシャーみたいなのは、私にはちょっと耐えられない」

――なんだけど、普通に考えて、3000枚よりは30万枚売れた方がうれしいわけですよね、当然。メジャーでやればそういう可能性も出てくるわけじゃないですか。プレッシャーはあるけど。
 「それはあんま考えなかったですけど。私の場合、歌を書くのは、売れる売れないじゃなくて、実験というか…たとえば〈のこされし者のうた〉なんかは、実験的に書いた曲で、心情的にはあんまりああいうことは普段は言わないんだけど」

――そうなんだ。行かないで!とは言わないんだ。
 「うん、言わない。行くと言う人は行けって(笑)」

――とっとと行け(笑)。単純な話、普通の人はたぶん、そういった誘いがあれば、メジャーで出してヒットすれば有名になってお金がいっぱい入ってすごくいい暮らしができて…と、そう考えるのがノーマルだと思うんですよ。そんなこと考えないわけだ。
 「もちろん、それは思ったことはありますけど。特に若い頃はそういうことを結構思ってたけれど、やっぱ、東京に行かなくちゃならなくなったらいやだなというのがあったし」

――つまり、まず東京で生活するのがいやだったんですね。
 「うん。それで毎日ライヴとかするのもだめだし。自分の気が向いた時にライヴして、気が向いた時に曲を書いてそれをアルバムにするなんていうスタンスは、メジャーでは絶対だめでしょう」

――そうなのかなあ、やっぱり。
 「(笑)じゃないの? しかも売れなくて、というのだと全然だめだと思うんですよね。そういうことで雇ってもらってると私も精神的に負担になると思うし。私、ライヴは、命が磨り減るというか、連日ライヴなんていうことは絶対できないんですよ。精神的にも続けて2日同じ気持ちでは歌えない気もするし、もう飽きちゃって」

――十何年かラウンジなどで弾き語りをやってきたにも拘らず、実際のライヴとなると違うわけですか。
 「そうですね。やっぱり弾き語りでハコで毎日営業でやっていた仕事と今の自分のライヴはちょっと違う。気合が違う。いつも具合が悪くなるんですよ。それもあるから、しゅっちゅうは出来ないというのもあるし、今日はどこ行って、来週はどこ行ってっていう生活はちょっとだめでしょう」

――そういったことでいろいろ思い悩むよりは、ここにいて好きなように歌ってというのが一番大きかったわけですね。
 「ここにいてもファーストみたいにCDは作れたわけだし、流通に乗れば全国に届くわけだから別にいいかなと思いましたけどね。ただ、それでたくさん売れてくれればもちろんそっちの方がいいですけど。でも、今の生活も楽しいですし、会社勤めして。水戸黄門じゃないけど庶民の生活を見て、って誰やねん(笑)」

――会社勤めに対する執着もあるんですか。今の仕事は辞めたくないとか。
 「いや、今の仕事がすごい好きってわけではないんだけど、会社勤めってのはいいなと思う」

――ほう、好きですか、会社勤め。
 「うん。なんか同じことをずっとやってることとか。音楽がなくてそれだけだと少し物足りない仕事だとは思うんですけど。私には音楽もあるし、読書とか好きだし、なんかやることいっぱいあるんですよ。なんか書いたり、写経したりとか。そういう自分の時間がたくさん使えるんですよ。なので、会社ぐらいは単調でいいかって。お金もちゃんともらえるし」

――そういう、単調な仕事で定収入があるってことも含めて、今、自分の中で生活の調和がとれてるってことですね。今後もそれをキープしていきたいと。
 「そうですね。美音堂からも、仕事は辞めるなって言われてるし(笑)」

――もちろんあなたはミュージシャンとしてはプロなわけだけど、メジャーでやっている人に比べれば、パートタイム・ミュージシャンみたいな感じじゃないですか。半分プロというか。
 「アマチュアとかね」

――今、あなたはアマチュアって言葉を使ったけど、そういうバリバリのプロのミュージシャンじゃない者ならではの良さというのが、自分の表現にはあると思いますか。
 「私は音楽をやる時はプロのつもりでやってるけど、もし、それが本当に24時間音楽のことを考えてやっている人に対しての冒涜になるんだったら、それは失礼かもしれないけど、今の会社をやめて、24時間それができるかといったら、できないと思うんですよ」

――僕が訊きたかったのはそこなんだけど、たとえば仕事を辞めて、音楽だけで食ってくださいと言われた場合に、今作っているものと同じようなものが作れるかどうかということです。
 「たぶんできないと思う。だから、そうやってコンスタントに作ったり、こういうテーマで書いてとか言われた時点でもうだめだって感じ」

――つまり音楽を作るための背景というか、音楽以外の生活が絶対必要なんだってことですよね。
 「そうですね。歌はそこから生まれないといけないというところもあるし。プロでやっている方に失礼にあたらない程度にそれはそれで、まだ、やったことがないから本当はわからないし、やってみたらそっちの方がいいなというのもあるかもしれないけど。うん、でも今のところはこの生活が好きだし、子供もいて、親もいて、友達もいてっていう、でインターネットもあるからいろんな情報も田舎だけど少しづつ入るし」

――この松江という町自体に対する愛着もありますか。ここを離れたくないという。
 「そうですね。生まれた町ですし、特にこうだからっていうのはないんですけど…なんか私、強いポリシーみたいなのはないかもしれないですね。何に対しても。流されてる感じ(笑)」

――でも、仕事を含めて、全体の円環というか調和がとれてるなって感じはしますよね、すごく。
 「その調和が音楽なんですよ、私にとっては。だから、よくホームページの掲示板なんかで引き合いに出すのは、古代ギリシャ時代ことで。音楽というのは全部、演劇もあって、運動、体育なんかもあって、数学もあって音響もあって、それで初めて音楽、みたいな。だけど、プロになる気はないかとか、ずっとアマチュアでいるのかとか言われると、説明が大変そうだな、みたいな。わたしはプロですって、声を大にしては言えないけど、まー不真面目な気持ちではやっていません(笑)」

――プロだけど、職業作家とは違うってことですよね。
 「そうそう。お金をもらうから来週までにとかとは違う。頑張ればできるかもしれないけど、なんか才能が減りそう(笑)。そういう感じ。そういうのやってる人には悪いですけど」


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